電子ビーム排ガス処理

大強度パルス相対論的電子ビームによる排気ガス処理


 近年、酸性雨の被害が全世界的に広がり、森林破壊や環境汚染が深刻化している。酸性雨の 発生原因の一つである窒素酸化物(NOx)は、多量の化石燃料を消費する火力発電所や製鉄所、 ディーゼル機関などから大量に排出されており、大気中への排出量の低減が強く求められている。 このような状況の中で、電子ビームを用いた排気ガス処理が大きな注目を集めている。この処理法は、 乾式のため廃液処理装置や触媒の必要がなく環境に優しい方式であり、くわえて、装置の小型化および 低コスト化が期待できる。当研究センターでは、電子のエネルギーが数MeV以上、電流値が数kA級である 大強度パルス相対論的電子ビーム(Intense, Pulsed Relativistic Electron Beam: IREB) を利用した排気ガス(NOx)処理の研究開発を展開している。
 電子ビームによるNOx処理では、排気ガスに電子ビームを照射し、電子とガス中の原子および分子との 衝突によって生成される大量のラジカルを用いてNOxを処理する。NOxは、NまたはOラジカルなどとの反応によりN2やO2に 還元または酸化される。なお、OHラジカルとNO2の反応により強い酸性度を示す硝酸(HNO3)が生成されるが、 アンモニア(NH3)を添加して中和すれば、農業用肥料である硫酸アンモニウム(NH4NO3: 硝安)に転換できることが 知られている。電子ビーム処理方式の中でもパルス電子ビームを用いる方式は、短時間(数十ナノ秒 ~ 数百マイクロ秒程度) であるが大電流・高電流密度の電子ビームを発生できるため、多量のラジカルの生成が可能であり、大量のNOxを 処理できる画期的な方法として期待されている。さらに、IREBは飛程(range)が長いという特色を持っている。 例えば、2 MeVのIREBの大気中における飛程は約 9 mにも達する。すなわち、IREBは排気ガス中を長距離にわたり 進行することが可能であり、火力発電所の煙突や自動車用トンネルなどの細長い煙道におけるNOxの一括処理に 対して極めて有効であると期待されている。





 当研究センターでは、IREBの高エネルギー・大電流特性を積極的に利用して、長距離空間および遠方領域におけるNOx処理実験を世界に先駆けて成功した。実験では、当研究センターに設置の極限エネルギー密度発生・応用装置“ETIGO-Ⅲを使用して、IREBを発生した。
 図1は“ETIGO-Ⅲ”の外観写真を示す。“ETIGO-Ⅲ”はマルクス発生器およびパルス整形線路により発生された高電圧・大電流パルス(670 kV、60 kA、80 ns)を12個の磁性体コア(3個/段、4段)を通じて直列的に重畳して、 8 MV、5 kA、80 nsの超高電圧パルスを得て、最大エネルギー 8 MeV (800万電子ボルト)、4 kA (4千アンペア)、50 ns (2000万分の1秒)のIREBを加速・発生することができる。
 図2はNOx処理装置の概略図を示す。“ETIGO-Ⅲ”により発生したIREB (2 MeV、2.2 kA、50 ns)は、大気中を約1.6 m 伝搬後、ガス処理チャンバに入射される。ガス処理チャンバは隔壁により大気とは遮断されていて、NOxを含む模擬排気ガスが封入されている。
 図3はNOx濃度のIREB照射回数依存性を示す。IREB照射が3ショット目までは、NO濃度が高いため、NOからNO2への酸化が見られる。一方、4ショット目以降では、IREB照射にしたがい、NOおよびNO2濃度ともに低下していくことが分かる。10回のIREB照射により、 NO濃度は概ね0 ppmとなることが分かる。このとき、NOx処理効率は7~155 g/kWhである。電子ビーム源から約1.6 mの大気を介した遠方におけるNOx処理が実証されたことは、 IREBによる長距離空間でのNOx処理の有効性を証明したことになる。エネルギーの低い電子ビームでは、飛程が短いため、このような遠方領域でのNOx処理は不可能である。
 今後、“ETIGO-Ⅲ”で発生されるIREBの特長を生かし、長距離空間および高圧力領域での排気ガス処理実験を積極的に推進する予定である。

図1 極限エネルギー密度発生・応用装置“ETIGO-Ⅲ”概略図

図2 NOx処理装置概略図

図3 NOx処理結果の一例

 

更新日:平成16年11月9日